サルデーニャ!6山賊とムラーレス@オルゴーソロ
サルデーニャ旅を前に、自宅で資料を読むなどして準備をしていた時、我が家の古い洗濯機を修理しにきた電器屋のおじさんがサルデーニャの地図を広げているのを見て、「サルデーニャに行くの?どの辺?」と聞いてきた。まずはバルバージア地方へ行くと答えると、「僕も行ったんだよ、数年前の夏に。そこですごく恐い目に遭ったんだ」という。恐い目?「オルゴーソロという町でね、現金を下ろそうとしたんだ、街角のキャッシュディスペンサーで。すると、どこからともなく警官が近づいてきてね、金を下ろすのか、じゃぁついていてあげよう、というんだ。で、無事に金は下ろしたんだけれど、その後で、住民が鋭い視線でこっちを見ていたことに気づいたんだ。警官がいてくれなかったら、襲われていたかもしれない。女の人はみんな真っ黒なベールを頭から被ってるし、不気味だよ、あそこは」。 ガヴォイから、その晩の宿を予定していたオリエーナという町までは二つのルートがある。来た道をそのまま北上して国道131号線の分岐線に出て、ヌオロまで行って南下するか、山道を東へとたどって、オルゴーソロを抜けて行くかのどちらかである。どうする?と相談する。せっかくだから、オルゴーソロを通ってみようよ、という結論に達する。何しろ手元のガイドブックには、“もっともサルデーニャらしいところ”とある。なれば、ぜひ通るだけでも通ってみたい。 道は曲がりくねり、上っては下る。突然、道端に大きな石があらわれる。小山のような石だ。気がつけば、それがいくつも、まるで大地に根ざしているように鎮座している。自然なのか、これが噂の巨石文化の名残なのかはわからない。でも、確かに“月のよう”だ。遠くの巨石の間に白くうごめくものがいる。羊だ。そうか、これがサルデーニャだ、サルデーニャの原風景なのだ。 道はマモイアーダの町にさしかかった。葡萄栽培と牧羊に優れた地として、18世紀終わりにサヴォイアの副王が好んで滞在したというが、この町の名が島中に知られているもう一つの理由が、「マムトーネス」、祭りになると町を練り歩く羊飼いの姿をしたキャラクターだ。濃い茶色の毛足の長い毛皮をまとい、背中には大小さまざまな家畜用の鐘をびっしりと背負っているという。マムトーネスに出会えるのは、カトリック暦でいうところのマルテディ・グラッソ(5旬節の火曜日)、カーニバルの最後の日曜日、1月17日の聖アントニオ・アバーテの日。残念ながら、我々が訪れたのはそのどの日でもなかった。町はわりと近代的な佇まいで、ここで怪物のようなキャラクターが練り歩くとはちょっと想像ができない。 日はだいぶ傾いていた。風が強く、空は厚い雲に覆われて不穏な空気を漂わす。標識にオルゴーソロの文字。まるで出来の悪いホラー映画のような展開だが、電器屋のおじさんに脅かされていた我々には充分な演出だ。サルデーニャの山の神のちょっとしたいたずら心かもしれないけれど。 全体的に灰色がかった町である。標高620m、小高い山上に築かれているため、町の中は坂道が多い。旧市街は道も細く入り組んでいて迷路のようだ。でも、その程度だったらヨーロッパのほかの古い町と大した違いはない。オルゴーソロが“もっともサルデーニャらしいところ”とされる所以は、あちらこちらの建物の外壁に描かれたムラーレスと呼ばれる絵に表れている。 オルゴーソロの人々は元来荒々しく勇猛果敢、権力に立ち向かう気概に溢れていた。ローマ帝国の侵攻を最後まで阻み続けた先祖の血が脈々と受け継がれてきたのであろう。それが、1700年代になると山賊行為へと発展する。コルシカとの密輸、家畜の窃盗、誘拐、略奪、復讐...。冷酷残忍であると同時に孤高で勇壮、それがオルゴーソロを中心とするバルバージア地方の山賊である。サルデーニャの古写真や本に時々、髭をぼうぼうに生やしたいかにも山賊的な風貌のおたずねものポスターを見かける。19世紀の終わりから20世紀にかけてもなお山賊は健在だったのだ。それに、本当かどうかはわからないが、誘拐は、自らの勇気と行動力を示すためによその羊を奪うという行為が、後に人間を対象とするようになったとか。イタリアで誘拐事件が起きると、「サルデーニャ人の仕業だ」とまことしやかに囁かれるくらい、有名なお家芸らしい。不名誉ではあるけれど。 時が移り、1960年代に国が土地を接収しようとした際、農民と羊飼いは再び山賊となって断固抵抗した。70年代にはその暗く激しい権力への怒りをムラーレスという形で表現したのである。辛く貧しい農民の暮らし、孤独で果てのない羊飼いの仕事、それらをモノクロームであるいは暗い色彩で壁や野の石の上に描いたのだ。 ムラーレスはほかの町でも見ることができる。しかし、オルゴーソロのムラーレスは、よそのそれとは違って、胸をえぐられるような激情に満ちている。日はますます傾いてムラーレスの陰影を曖昧にするが、かえって凄みが増して見るものを捕らえて離さない。折しも強風に煽られるようにして、全身黒衣の女性達が教会から現れ、するりと脇道に消えていく。これ以上ここにいては絡めとられそうだ。我々はオルゴーソロを後にした。SAPORITAをもっと見る
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