高田馬場のアブルッツォ料理店ダイ・パエザーニ
高田馬場にあるトラットリア「ダイ・パエザーニ」は日本で唯一のアブルッツォ料理店だ。オーナーのジュゼッペ・サバティーノは1958年生まれの生粋のアブルッツォ人。サラミ職人だった祖父の影響を受けて7才から仕事を始めサラミ作りにも慣れ親しむ。その後故郷を離れてアメリカやフランスなど諸外国で料理人として、あるいはサービスマンとして活躍。2000年に来日を期に日本に留まることになるのだが本人いわく「いまのところはまだ日本にいるね」と茶目っ気たっぷり。2014年OPENの「ダイ・パエザーニ」の噂は以前から聞いていたが今回が初訪問。あなたがかの有名なジュゼッペですか、と話しかけたところ「わたしは有名でもなんでもなく、ただのリストラトーレ。お客様に喜んでいただくことが仕事です」とぴしっと返された。自家菜園に加えサラミ類も全て自家製、ということは聞いていたが仕事に対するその厳しい姿勢に打たれ、こちらも背筋を伸ばしてテーブルについた。 「ダイ・パエザーニ」のメニューは全てアブルッツォ料理で、日本語と並行して標準イタリア語ではなくアブルッツォ方言で書かれている。前菜、プリモ、セコンドとメニューをめくるたびにそのディープさに驚かされるのだがワインリストもまた素晴らしい。おいてあるのはアブルッツォワインのみ、リストからはみ出したワインのほうが多いくらいだといいその数600種類超。Valentini, Emidio Pepe, Masciarelli, Citra, Agriverde, Zaccagnini, Casal Tahurelo, Luigi Cataldi Madonna, Valle Reale, Tollo, IlluminatiとVini d’Italiaに名前が出ているアブルッツォのワイナリーならほとんど網羅しているはずだ。 前菜はまず自家製のサラミの盛り合わせ Fellàta di salìéme abbruzzése。コッパ、サラミ、ンドイヤに似たヴェントリチーナなどどれも素晴らしい出来栄えで「これはSlowfoodのPresidio、ヴェントリチーナ・ディ・エンリコ Ventricina d’Enricoですか?」とたずねたところ「エンリコじゃない、わたしジュゼッペ『ズィ・ペッペ』のヴェントリチーナだ」と訂正された。続く温かい前菜はアブルッツォの郷土料理Pallòtte Càsoe e òva 3種のチーズと卵のトマトソース煮込みでこれはペコリーノやパルミジャーノなどと卵を混ぜて作ったポルペッティーネ。パンが入っているような柔らかい食感が特徴で酸味のある濃厚トマトソースとよくあう。パスタは自家製サルシッチャとアブルッツォ産パプリカパウダーのサーニャ Sàgne a ru chétteure、サーニェとは南イタリアを中心に現存する最古の手打ちパスタのひとつでプーリアにはサーニェ・ペンタやサーニェ・ンッカナーテなどが今も食べられている。とても滑らかで舌触りがよく、ソースの強さも羊に負けていない。羊肉のカッラーラ Pèchara a la callàraは香味野菜とジャガイモ、セージなどのハーブとともに羊を煮込んだ料理。滋味深く、炙ったブルスケッタとともに食べる。羊のラグーと黒トリュフのタリアテッレ、牛ザブトンのグリル Sòuttespàlla de mànze arrustéute を追加し最後に登場したのはマイエッラ山地に見立てたオリジナルドルチェ”マイエッラ” La Majéll。これは冷たいセミフレッドの中にジェラートとカスタードクリームを半分づつ加えた手の込んだドルチェで、ユーモアもきいておりアブルッツォ・コースをしめるのに最適なエンディングだった。 ドルチェで一度しめたとはいえそこから自家製のアマーロ「ノチーノ」や「ジュンツァーノ」などを飲み、ジュゼッペ自慢のサラミ熟成室を見せてもらう。日本から行くならば決してアプローチは簡単ではないアブルッツォだが、この店にくるととても近く感じられるのが不思議だ。 翌朝7時、昨夜の礼を告げるメッセージをジュゼッペに送ると「もうすでに千葉の畑で仕事しています」との返信。青森の「ダ・サスィーノ」のような自給自足のイタリア料理店は東京では無理だと先入観で考えていたがそんなことはなかった。おそらくは夜遅くまで営業していただろうに、まだ暗いうちから畑に出てその日のハーブや野菜を摘む。その姿はかつて取材したミシェル・ブラス Michel Brasの姿に重なる。海外に出てイタリアの味を伝えようとしているイタリア人は多いが、単にイタリアから輸入した食材を多用するのではなく、自らの手で食材を作り出すジュゼッペの努力と意識の高さには平身低頭。生活としての、文化としてのイタリア料理を日本に伝えてくれる気高き「リストラトーレ」だ。
ダイ・パエザーニ Dai Paesani
東京都新宿区西早稲田2-18-19
Tel03-6457-3616
11:30〜15:00、18:00〜23:00 月休

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