トリエステの立飲み酒場「チェムット」
国境の街トリエステに電車で訪れたことがある人ならお分りいただけると思うが、中央駅に降り立つとそこはかとなく寂寥感が漂っているのだ。それは国境の街に特有というか、これより先は旧東欧圏であり、かつては栄華を誇ったハプスブルク家勢力圏の辺境の地であるがゆえの宿命なのか。かつてサバ書店があったボルゴ・テレジアーノ Borgo Teresianoからイタリア統一広場 Piazza Unità d’Italiaへと街を歩いてみてもその感覚は変わらない。栄枯盛衰、つわものどものが夢のあと、寂寥感に加え衰退感も漂っているように感じるのは旧東欧圏に近いがゆえか。しかし夜になるとその様相は一変する。特にイタリア統一広場からカステッロことサン・ジュスト城 San Giustoへ続く一角には多くの飲食店が集中し、小さな広場にはテラス席を出したレストランやバー、カフェ、ワインバーなどどこもトリエステの老若男女で大賑わいしているのだ。ワインバー「チェムット Cemut」はそんな一角にある。 オープンは10年ほど前で、フリウリ出身の3人の若者が資金を出し合いはじめたのがきっかけだ。「チェムット Cemut」とはフリウリ語で「コメヴァ Come va=よう、どうだい?」という意味だが、その店名が表すようにいたって気さくでフレンドリー、しかしワインと料理には一見の価値がある。壁の黒板にはその日のワインが手書きしてあり、白ならばフリウラーノ、リボッラジャッラ、ピノグリージョ、マルヴァジーアなど品種ごとに4から5社、合計50種類ほど。赤はカベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、メルロー、レフォスコなどこちらも品種別で合計30種類ほどあり、白も赤も90%以上がフリウリ産だ。 Fabjanがスロヴェニアの土着品種ヴィトヴスカ Vitovskaで作る酸味が際立つ白を飲み、Venica VenicaのRibolla Gillaを飲む。赤は事実上トリエステ唯一のプロセッコの作り手であるアンドレイ・ボーレ Andrej BoleのTerranoを試す。料理はチーズ、サラミ類が中心で温かいものはポレンタとフリーコのみといういさぎよさ。チーズとサラミ類のミックス「タリエレ・ミスト Tagliere Misto」とフリーコをとる。気づけば夜も更けるにつれ、ワインを求める地元の人々でカウウンターも大賑わい。締めのドルチェはグバーナ Gubana、プティッツァ Putizza、ストゥルッキ Strucchiと辺境ドルチェ・マニアならば泣いて喜ぶ素朴な珍品揃い。ついでにグラッパも地元フリウリのDomenis 1898 “STORICA”を中心にした品揃えと、徹頭徹尾フリウリの酒を味わうために存在するような店だ。

Tel+39-327-047-2266


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