トリエステのブッフェ「アップロード」
スローフード協会が毎年発行するレストランガイド「オステリエ・ディタリア Osterie d’Italia」を開いて見るとわかるが、これは単に街ごとのレストラン、特に伝統料理を出すトラットリア、オステリアを中心に評価するだけではなく各都市ならではの食文化を紹介している稀有なガイドブックでもある。例えばヴェネツィアならバーカロ、フィレンツェならばトリッパ、ローマならスップリ、ナポリならピッツァとお国変われば品変わるよろしく、その街の名物的食文化を紹介しているのだが、トリエステで毎年紹介されているのが「ブッフェ」だ。 ブッフェとは立ち飲みも、またきちんと座って食事することもできるヴェネツィアのバーカロに似たオステリア=居酒屋なのだが、「オステリア・ディタリア」のトリエステ担当者セルジオ・ゴベット Sergio Gobetによれば、それは1719年トリエステがオーストリア・ハンガリー帝国の自由港に指定されて以来続く船乗り文化の象徴であり、トリエステに下船、上陸した際にわずかな時間でもワインと料理を楽しみたい、という彼らの需要のために生まれたという。ブッフェは19世紀末から20世紀初頭にかけて大いに発展し、現在トリエステには100件ほどのブッフェが残っているといわれている。最も有名なのが茹で肉食堂「ダ・ペーピ Da Pepi」で、これは2004年に「イタリアの市場を食べ歩く」の取材で行って以来ファンとなり、トリエステを訪れるたびに立ち寄るようになった。「ダ・ペーピ」はどちらかという酒場というよりは着席して料理を食べる食堂だが、より酒場的色合いが濃く、トリエステを代表する立飲み酒場的ブッフェが「アップロード Approdo」だ。 「アップロード」はヴェネツィアのバーカロとフリウリの居酒屋的性格を併せ持つ。トリエステ中心部にある市場、メルカート・コペルト Mercato copertoの近くにあることから、市場でひと仕事終えた男衆が朝から一杯ひっかけていることもあるし、昼時ともなれば近所のビジネスマンや学生、さらには女性が一人で訪れることもある、トリエステの市井の暮らしに見事に溶け込んだ名店である。各種クロスティーニ、バッカラ、ポルペッティーネといったバーカロ的つまみをはじめ、豚のスネ肉煮込み=スティンコ、グーラッシュ、ザワークラウトといった中欧料理=クチーナ・ミッテルエウロペアまで混在しているし「ダ・ペーピ」のような茹で肉も各種ある。 しかし「アップロード」で注文せずにはいられないのが上質なプロシュット・コットだ。非加熱の生ハム=プロシュット・クルードと違って加熱ハム=プロシュット・コットは水分含有量が多いので傷みやすいので地元で消費されることがほとんどだ。「アップロード」では地元フリウリ産プロシュット・コットを一枚一枚ナイフで手切りしてホースラディッシュ=クレンと一緒に食べさせてくれるのだがこれがたまらない。水分は多くてしっとりとし、なにより豚の塩漬けそのものといったフレッシュな熟成香がなんともいえない旨味を醸し出しているのだ。 しかもフリウリといえば上質な白ワインを生み出す土地であるだけに、ピノ・ビアンコ、ピノ・グリージョ、リボッラ・ジャッラ、フリウラーノ(旧トカイ)、マルヴァジーアと片っ端からためしてみたくなるようなワインが壁際にはずらりと並び、赤ワインもレフォスコ、スキオペッティーノ、テラーノと個性派揃い。こうしたワインを一杯ずつ頼み、カウンターにあるショーケースをのぞいては店のスタッフとひとことふたこと言葉をかわし、小皿で少しづつ取り分けてもらうスタイルは酒飲みにはたまらない。本来ヴェネツィアもこうした酒飲みの聖地であったのだが今は観光地化が進んでなかなかいいバーカロには巡り会えないのが現状。しかしヴェネツィアに比べればトリエステは観光客は圧倒的に少なく、外国からの旅人にも暖かい。それはトリエステが歴史的につねに辺境にあることから船乗りはじめ多くの外国人が行き来するコスモポリスであったからであり、事実街中ではスロヴェニアやクロアチア・ナンバーの乗用車を多く見かける。ちなみに店名のちなみに「アップロード Approdoとは」接岸という意味の船乗り用語。そう、この店はかつて異国からやってきた船乗りたちがトリエステで下船し、ワインと食事をもとめて「接岸」した酒場。ワイン飲みつつそんな想像をはりめぐらせていると、辺境酒場の旅はなお一層楽しくなる。Approdo Via Carducci,34 TRIESTE Tel040-633466 8:00〜20:00 土曜午後、日曜休
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