シェフに日本人を迎えて再開したコンテンポラリーダイニング「AALTO Part of IYO」
イタリアで初めて和食ベースの店としてミシュランの星を獲得したミラノの「イヨ・エクスペリエンス IYO Experience」。そのオーナーであるクラウディオ・リウ氏が、新たなコンセプトのもと「イヨ・アールトIYO Aalto」を2019年11月にオープン。しかし、年明け直後からのコロナ禍により、店は休業を余儀なくされてしまう。現在イタリアは制限もかなり緩和されたFase 3の段階にあるが、多くのレストランは再開に二の足を踏んでいる。特にファインダイニングは、インバウンド需要も見込めないため、9月再開を目処に準備をしているところも多い。その中で6月18日、IYO Aaltoは「アールト・パート・オブ・イヨ AALTO Part of IYO」として再開を果たした。新たにシェフに就任したのは、ミラノ郊外の農園カシーナ・グッツァファーメ内のリストランテ「アダ・エ・アウグストAda e Augusto」で4年間腕をふるっていた岩井武士氏だ。 岩井シェフは、林享氏の元で研鑽を積んだ後2007年に渡伊。「ラ・マディア」のピノ・クッタイア、「イル・パリアッチョ」のアンソニー・ジェノヴェーゼ、アライモが運営するヴェネツィアの「リストランテ・クアドリ」などで経験を重ね、2015年からシェフとして、農園で育てられた素材を生かし、かつ洗練されたコンテンポラリーな感覚を皿上に表現してきた。文字通り鄙には稀な料理を創造すると、食にうるさい人々の間では知られた存在だったが、それがこのほど、ミラノ再開発地区の一等地、高層オフィスビルが立ち並ぶ界隈(近くには「リストランテ・ベルトン」もある)のリストランテの舵取りを担うことになったのだ。
Risotto aspro, gemme di pino e gelato di ostriche 発酵トマト、ジャガイモ、燻製ニシン、シブレット、バター、パルミジャーノ、レモン汁、発酵松の芽、松のオイルで仕立てたリゾットに、牡蠣のジェラート。
経済都市ミラノで、ハイクラスな顧客を相手にするリストランテは、イタリアらしさに固執するばかりでは支持を得られない。いかに時代の感覚を掬い、その少し先を行くかにかかっている。さらに、ヘルシーでなければならず、おまけにイタリア料理の精神を芯に持っていなければならない。特にミラノ人は最先端を好むと同時に保守的でもあるからだ。中国系であるオーナー、そして、日本人であるシェフの二人は、イタリア人には容易なイタリア料理の精神の保持という問題をどのように克服していくのか。
Spaghetti con vongole alla Tsukemen スパゲットーネをあさりのクリームで味わうつけ麺。オリーブとトマトの薄切り、またはジュニパーベリーオイルで味変。最後にアニス、パッションフルーツ、りんご、セロリ、レモンのジュースでリフレッシュ。
それについて両氏が導き出した答えは、クチーナ・リーベラ(自由な料理)だ。「イタリア料理、日本料理、時に二つが合わさり、時にそのどちらでもない。境界線を引かないことで、それを超える可能性を示す」とオーナー。「イタリア、日本、そして世界、いろいろな異なる文化を自在に行き来する」というシェフ。目指すところはイタリア人を含め、あらゆる人を受け止めようということであろう。さらに岩井シェフは「まずは素材。その品質に妥協は許されない。そして、まだ誰も味わったことのない、香りと味わいの調和のとれたコンビネーションを考える。テクニックと正確さと研究、そしてもちろん料理体験の根元である味、それらが絶妙の均衡で表現されなければ」と語る。
Auguilla, Tataki di manzo e liquirizia 煮詰めた酢とリコリスの粉をタレにしたうなぎの炭火蒲焼、牛肉のたたき、月桂樹オイル、わさびとサワークリムのマヨネーズ、松のオイル、ライムで調味したアンディーブのサラダ。
さて、メニューは8皿(135€)と5皿(110€)の二つのコース、そのほかにアラカルトも用意されている。また、再開するにあたり、カウンターで寿司コースを提供する「イヨ・オマカセ IYO Omakase」も立ち上げた。こちらは寿司職人によるおまかせ一本で、寿司にうるさいミラノ人のニーズに応える。ワインリストにはおよそ600の銘柄が並び、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、スプマンテ、ビオディナミや自然派に力を入れている。また、厨房とホールの間に3.5m×10mのセラーを設け、1600本を6段階の異なる温度設定で管理している。 コロナの時代、感染防止対策も必須だ。徹底した消毒、店内の各所に手指消毒アルコールの設置、すでに十分あった客席間スペースをさらに確保するための席数減、QRコードによるスマホ対応メニューなどのほか、従業員はマスク(料理人は手袋も)を装着しているが、そのマスクはミラノ工科大学が開発した不織布製で店のロゴがプリントされているという。単なる再開に止まらず、新しいシェフ、新しいコンセプトでコロナ危機を乗り越えようという攻めの姿勢が、ミラノのアルタ・クチーナ界へのカンフルになるのか、注目していきたい。

SAPORITAをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。