マンダリン オリエンタル 東京 エグゼクティブシェフ、ダニエレ・カーソンに聞く コロナ禍休業と再開の今
東京・日本橋にあるホテル「マンダリン オリエンタル 東京」は、イタリアンの「ケシキ」、フレンチダイニングの「シグネチャー」、広東料理の「センス」、「鮨心by宮川」、さらに「タパス モラキュラーバー」、「ピッツァバーon 38th」、「センス ティーコーナー」、「マンダリンバー」、「オリエンタルラウンジ」、ブッフェの「ヴェンタリオ」、「ザ マンダリン オリエンタル グルメショップなどいくつもの料飲施設を持ち、“食の殿堂”を自負している。しかし、コロナ禍により、4月第2週からホテル全館を休業。7月より段階的に再開し、10月15日には、モラキュラーバー、ピッツァバー、ラウンジ、グルメショップもリスタートした。当日朝は、グルメショップ開店前に人気のケーキ「KUMO」を求める長蛇の列ができたという。この日同じく再開したピッツァバーで、エグゼクティブシェフのダニエレ・カーソンに休業中何をし、何を考えたのか、そしてこれからの展望について話を聞いた。  
北海道産2種類のトマトと水牛のモッツァレッラ、EVOのペルラをトッピングした前菜。
「ホテルが閉館している間、同僚は皆、自宅待機でしたが、私はホテルで仕事をしていました。お客さんがいなくても、12以上ある厨房で、いろいろとやらねばならないことがあったからです。レストランは全てを一度に閉めたわけではありません。まずブッフェは完全休業の1ヶ月前から止め、それから朝食ブッフェを停止、といった具合に段階的に閉めていきましたが、それでもたくさんの食材が残ってしまいました。そこで、以前から関係のあったチャリティー団体に、生鮮品や乾物など保存期間の限られているものを寄付しました。この団体は上野のホームレスの人たちをサポートしており、この近くにその団体の厨房があります。以前から度々コラボレーションしたり、彼らに乞われてコンサルタントとして厨房機器のアドバイスなどをしたこともあります。 在庫整理の他にも、厨房機器に問題がないかをチェックし、水の状態を確認し、食材ストックの管理など、一人でこなしました。そしてさらに、コミュニケーションの仕事もありました。ここでは100人以上のキッチンスタッフが働いていますが、自宅待機中の彼らと常にコンタクトをとりました。特に初期の頃は、彼らも非常に不安に思っていましたから、密にコミュケーションを取る必要があったのです。毎週必ずビデオコールして、自分がどう考えているか、ホテルの現状がどうなっているか、日本での状況についてなどなど。もちろん100人全員と話すことはできないので、それぞれのチームを代表するシェフと話し、そして各シェフがチームのみんなに話す、という形で。スタッフのモチベーションを保つためにオンラインで料理の勉強会もやりました。それぞれのチームごとにシェフとスタッフがSNSを使った料理テクニックのブラッシュアップを試みました。コミュニケーションをとり、情報をアップデートし、チームのみんなの気持ちをまとめておくことが私の役目だったのです。」
トリュフの香るマスカルポーネチーズのピッツィーノ。
「何人かの料理人が病院へのケータリングなどボランティア活動を行っていて、私も何かしらできないかと考えました。しかし、ホテルは完全にクローズしていたし、厨房には私一人しかいないから、現実的に不可能でした。もし可能だったら私もそうしたボランティア活動をしていたと思います。 ポジティブな現象といえば、スタッフが戻ってきた時、皆、とてもやる気に満ちていたこと。世の中の多くの働く人は、これほど長い休暇を取ることは普通ありません。ところが、この長い休暇は結果的に力を蓄える機会となり、ステップアップする機会ともなった。体重を減らした人もいたし、日焼けして健康的になった人もいたし、笑顔が明るくなった人も。とにかく、皆良い変身を遂げていました。もちろん、不安がなかったわけではありません。でも、自宅で家族と過ごしたり、趣味に没頭したり、人として有意義な時間を過ごしたと思います。 クローズしていた間、そして再開後、コロナ禍以前の色々なことを見直しました。より効率的に仕事をするために、無駄と思われるものは取り除きました。「ケシキ」を再開した時は、スタッフの人数も随分と絞りましたが、段階的に再開するに従ってスタッフも同様に戻しました。一度に再開するのはリスクも大きかったからですが、同時に、何が余分で何が必要かを見極めることができました。 インターナショナル・ホテルとしてのスタンダードを遵守する必要があるので、再開時はまず、席(テーブル)間隔を十分に広くしました。スタッフは手袋とマスクを必ず着用。手は30分おきに洗う。各所にサニタイザー、体温チェッカーの設置。これらを不足なく準備するのは大変ですが、必ず守らねばなりません。また、冷蔵庫の温度、食材の温度など、以前にもまして厳格に管理しています。 メニューはシンプルにしました。クローズ前のメニューは多種多様に揃えていましたが、再開後は品数を減らして、確実に成果を上げるため好評だったものに絞り込み、無駄を出さぬようにメニューを組み立てました。そして今、効率を維持しつつも少しずつ増やしています。」
季節のピッツァより、きのこのバラエティ。数種類のきのこのクリームを塗り、きのこをトッピングして焼き上げ、トリュフときのこのパウダーを仕上げに。
「イタリアについていえば、自分の家族がどうしているのかはとても心配でした。ロックダウンの期間も長く、その内容も厳しいものでしたから。イタリア人はそもそも感情表現をたっぷり出したい質で、ハグも日常的。でも、私の両親は、少し離れたところに住んでいた姉と間近に会うことができず、道で、こちら側と遠くの向こう側に分かれて会うくらいしかできない。とても悲しい状態でした。そして、家から一歩も出られないというのも健康に良くありません。人は陽の光を浴び、外を歩き、自然に触れなければならない。それが家にずっといなければならないとなったら、健康を害するのはごく当然の成り行きです。私からすれば、イタリアのロックダウンは逆効果でした。家に閉じこもり、やれ感染者数が増えた、やれ死者が何人だと、ネガティブな情報ばかり流すTVを見るだけという生活は精神衛生上悪すぎます。」
季節のデザートピッツァ。ぶどうのコンフィチュールを塗って焼き、シャインマスカット、ピオーネ、巨峰とマスカルポーネをトッピング、仕上げはドモーリのチョコレートをマイクログラインダーでふりかけ、ミントをあしらう。
「近い未来についていえば、旅行者が激減した今、仕事は減っています。元に戻るとしてもずっと先のことでしょう。今できることをやっていくほかありません。席の間隔を十分にとって、カトラリーもスタッフが触ることはなく、お客様に託す。グラスも触らない。触るときは必ず手袋をする。とにかく、お客様に余計な心配をさせず、心穏やかに過ごせるようにする。私が見るに、日本のお客様は外出意欲をしっかりと持っています。Gotoキャンペーンなどを利用して積極的にお金を使う気持ちになっていますね。 お客様の反応は、以前とはやはり少し違うと感じています。距離もあります。すべてのお客様が密なコミュニケーションを望んでいるわけではありませんが、楽しい関係を待っているお客様ももちろんいます。私たちは、お客様との距離を物理的にではなく精神的に縮めるため、ちょっとしたサプライズを仕掛けたり、カードを渡したり、お客様の心に残るようなことをしたいと考えています。ヒューマン・コンタクトは、私たちの仕事の根幹をなすものですから。」 ピッツァバーon 38th ランチ11:30-14:00(L.O.)、ディナー17:30-21:00(L.O.) レストラン総合予約tel.0120-806-823 mail: motyo-fbres@mohg.com    
将来の夢は、日本とイタリア、両方を行き来しながら仕事をすること。
ダニエレ・カーソン Daniele Cason ローマ出身。ホテル学校を二つ卒業し、ローマの伝統料理店やトスカーナのリストランテ、三つ星「ラ・ペルゴラ」で働いた後、ロンドンへ。再びローマに戻り、海辺のレストランでシェフを務める。その後、カイロのフォーシーズンズホテル、バンコックのフォーシンズホテルを経て、2013年より現職。 「ピッツァバーon38th」をオープンするにあたっては、ホテル学校の同級生だったローマ「ピッツァリウム」のオーナー、ガブリエレ・ボンチの元で基本を学び、オリジナルの生地を研究。タイプ00、タイプ0、ライ麦粉、硬質小麦粉、マニトバの5種類を配合し、加水率80%、48時間発酵による、食感の非常に軽い生地を実現。トッピングにはガストロノミックなアプローチで、イノベーティブなピッツァを作り出している。 フレンチの「シグネチャー」は13年連続ミシュラン一つ星、広東料理の「センス」は7年連続一つ星、「タパス モラキュラーバー」は6年連続一つ星、「ピッツァバーon38th」は3年連続ビブグルマン及びガンベロロッソのトレ・スピッキの評価を得ている。  

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