リエヴィト・マードレは育つ土地を選ばない。粉と水だけの発酵種が持つ不思議
粉と水を混ぜ合わて仕込む発酵種、リエヴィト・マードレ(リエヴィト・ナトゥラーレ)。さまざまな菌が糖を分解して炭酸ガスやアルコールを発生させながら糖がある限り生き続ける。リエヴィト・マードレについてはまだ不可解なことが多いが、わかっていることも少しある。第一に、リエヴィト・マードレによってパンやパネットーネなどの発酵菓子の味わいが大きく左右するということ。そして、リエヴィト・マードレの菌フローラは常に変化し、一定ではないこと。扱う職人は経験則からリエヴィト・マードレの変化に対応し、微調整を行うことで、目指すパンや発酵菓子を作っている。 しばしば、イタリアのパネットーネ菌でないとパネットーネは作れないという話を聞くが、パネットーネ菌と呼ばれるものは存在しない。ただ、パネットーネを作るのに適しているという意味で、パネットーネ種、と表現することは間違いではない。サンフランシスコ・サワー種と同じように、伝統的・慣習的にそのように呼ぶことがあるからだ。それでも、イタリアではそのような呼び方はせず、あくまでもリエヴィト・マードレまたはリエヴィト・ナトゥラーレと呼んでいる。
リエヴィト・マードレの長期保存はビニール袋に入れ布で包み紐で縛って冷蔵庫で。こうすることで冬眠状態になる。短時間保存(毎日使うような場合)では、水に浸けて冷蔵庫に入れる方法もある。
リエヴィト・マードレの性格は、長らく「どこで」「どんな粉と水を使うか」によって変わってくると考えられてきた。しかし、最近の研究結果で「どこで」はあまり重要ではないということがわかったという。アメリカのノースカロライナ州とコロラド州の大学が中心になって多くの研究者の協力を募り、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、タイからサンプルを500個集めてDNA分析をした。それらは製パンメーカーなどではなく、全て“個人が家で作っている”リエヴィト・マードレという、今までにないサンプリングである。中でも酵母と菌の構成が特徴的な40ほどに絞り込み、匂いを分析する官能試験、揮発性物質を対象とする化学試験、そして発酵のスピードを左右する菌叢内の菌の数を調べたという。
使う前には必ずリフレッシュメントを行う。外側は捨て、内側だけを使う。
その結果、官能試験では酢酸や青リンゴなど14種類の主だった匂いがあることがわかり、また、パンの発酵を妨げることもある酢酸菌の数が意外にも多いことがわかった。このことは、リエヴィト・マードレによる発酵に時間がかかることの原因かもしれない。また、リエヴィト・マードレの性格は、さまざまな要因で変化するが、特に影響するのはリエヴィト・マードレの“年齢”(何年経過しているか)とリフレッシュメントの頻度であり、一方で、地理的に「どこで」仕込むかはほとんど関係がないという。全く関係ないとは言わないが、「どのように」仕込むかに比べれば影響は限定的である、というのが結論である。
少しだけ温度の高い水に砂糖をほんの少し加えてリフレッシュメント。
そうなると問題は、この「どのように」である。粉、水、温度、湿度、時間などをどう変えるか、その順列組み合わせだけでも無限に近い。そして微妙な違いが風味の違いとなって表れるのだから、リエヴィト・マードレの世界は奥深いのである。ちなみに、この研究では、サンプルの30%にビール酵母(サッカロミセス・セレビシア)は不在だったという。パンや発酵菓子を安定的に発酵させるという酵母がいなくても、発酵させる力を持つリエヴィト・マードレ、奥深いと同時に謎も深い。      

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