プーリア料理の枠を超えて。料理の本質に迫る駒込セルヴァジーナ
駒込駅から30秒。こんな街中で“野禽”と名付けるなんて、どれだけ店主は変わり者なんだろうと想像する。駅に降り立ち、裏道をちょっと入ると、急に表通りの車の音も聞こえなくなる。そして目の前の扉には、Caseificioの文字。店名も書いてあるのだが、まずそれが目に飛び込んでくる。チーズ作りに力を入れていることが文字から伝わってくる。 そして果たして、扉を開けると、フレッシュチーズが並ぶガラスケースが目に入る。チーズ好きにはたまらない瞬間だろう。そして奥へと進むと、コックコートにエプロンをつけた店主の高桑さんが出迎えてくれた。猟師というイメージから寡黙で気難しい人柄を勝手にイメージしていたが、全くのはずれ。根は頑固一徹かもしれないが、面と向かうとにこやかで饒舌に、いろんなことを話す。その言葉の端々に、料理のこと、素材のこと、あれもやりたいこれもやりたいという情熱が滲み出てくる。あぁきっと美味しいものが食べられるんだな、という気持ちになってくる。
店はチーズ工房を設置するために、今年1月から2月にかけて改装したばかり。それまでもチーズを作って料理に出していたが、本格的に店頭販売するにあたり、品質を安定させるためには専用の工房が必要というわけで、意を決したという。入口にチーズ販売コーナーを作り、そのコーナーの背面に低い壁を設け、客席空間との緩やかな仕切りとしている。それまであった本棚を取り去り、ガラス窓をつけたチーズ工房が左手に。正面は厨房だが、そこも造りを変えた。ただ、それ以外は以前のまま、つまり、高桑さん手作りの杉板のテーブルも床もそのままである。
ところで、プーリア料理の専門店と聞いていたが、本人によると厳密にそう決めているわけではないらしい。春は野草、夏の終わりから秋はキノコを採りに出かける。キノコが終わったらどうしようということで猟の免許を取った。だから冬は鴨や雉を撃つ。野草、キノコ、ジビエ、そして自前のチーズを使っての料理はもちろんイタリア料理だが、決してプーリア料理の枠にはめようと考えているわけではないらしい。どう料理したらその素材の良さを味わってもらえるのかが第一。しかし思うに、それがそもそものイタリア料理、ひいては全ての料理の出発点であり、目的地であろう。ともかく、そういうわけで、高桑さん曰く“コテコテのプーリア料理”、すなわち一般的に認知されるようなティピカルな伝統プーリア料理がこの店で提供されるのは、夏のいっとき限定となる。
今回は、四月の初めということで、春の野草、フレッシュチーズ、そして仔羊が主だった食材である。ワインはプーリアもので、まずはValentina PassalacquaのTerra Rara。ボンビーノ種の自然派ノンフィルター、ややクセのある、果実味もありつつドライなスパークリングで始まる。一皿目は、牛乳製のフレッシュチーズ、ジュンカータにEVOとカッペリの花の塩漬けが添えられたもの。牛乳にレンネットを加えて凝固させたシンプルなチーズは、乳の香りは控えめで、食感は豆腐に似ている。オッリアローラ種のEVOはかすかに苦味があるが、プーリア州中部のコラティーナ種ほどではなく繊細で、このチーズとよく合う。
次は鰆のたたき風に野草を添えたもの。皮目をしっかりと炙った香りと淡白な身の味わいに柿酢の柔らかな酸味、そこへクレソン、セリ、ヤブカンゾウそれぞれの香りとかすかなほろ苦さ、辛味がアクセントとして加わる。まさしく春、な一皿。
そして再びチーズ、小ぶりなブラータと小粒のトマト、EVOの組み合わせ。優しいミルクの香りとほのかな甘み、そこにぎゅっと凝縮したトマトのフルーツ的旨味がパンチを添える。素材が良いならとことんシンプルにするというお手本。
ワインはBotromagnoのGravina Biancoへ。グレコ種にマルヴァジーア種、ほんの少々フィアーノ種が加わった、フルーティでクリーンな味わい。対する料理はつくしのトルティーノ(フリッタータ)。つくしそのものは野草の中でもほっこり系というか、主張はあまりせず、ほんのり青い香りや花粉を感じさせるタイプ。添えられたタンポポの葉の方が元気な苦味を発揮してくるが、つくしも卵とパンチェッタを従えてくるので五分の勝負といったところ。楽しい気分が盛り上がってくる。
前菜の真打として登場したのは、玉ねぎのスープに鴨のハム、ふきのとう、諸葛菜の花。スープはイタリアだとパッサートと呼ぶような仕立てだが、とてもみずみずしい。玉ねぎの甘さと、鴨の旨味、ふきのとうの春の香りが相まって、心地よいハーモニーを繰り広げる。鴨はもちろん高桑さんが仕留めたもので、胸肉を二枚貼り合わせて一本にしているが、水分が抜けたぶんかなり小ぶり。このまま熟成が進むと鰹節のような少量で存在感を発揮するレベルに到達するのではないかと思う。ふきのとうは高桑さんの母上が採取したもの。秋田の春の味である。
ワインはさらに次の白、Antica EnotriaのFianoに。フィアーノは時に果実味を全面に押し出してくるものに出会うことがあるが、これはフローラルと白い果物の香りのバランスよく、押し付けがましくない。柑橘の余韻がすっきり爽快で魚介と相性が良さそうである。そこで登場したのが、アサリのトロッコリ。むっちりと押し返してくるような歯ごたえのトロッコリと、大粒で旨味たっぷりのアサリ、そのアサリが放出したこれまた旨味の強いスープ、三位一体で味覚に畳み掛けてくる一品である。常々、ヴォンゴレはスパゲッティではなく、手打ちパスタの方がいいのではないかと思っているのだが、いざ実現するともうスパゲッティには戻れないのではないかと恐怖するほど、このトロッコリははまっている。貝の身の質感とパスタのテクスチャーが拮抗しているところもまた良い。
そろそろクライマックスである。ワインは再びValentina Passalacquaに戻り、Così Sono。「(だって)これが私だから」という名前、そして、ネロ・ディ・トロイア種と聞いて一瞬ひるんだが、意外や素直で伸びやか、程よい果実味とフローラルも感じられる。プーリアというと暑く乾いた夏のイメージが強いが、ガルガーノ半島の緑豊かな土地で育つワインはまた違った顔を見せてくれる。対するセコンドは仔羊である。シンプルなアロストとその隣はニュンマレッディgnummareddiという聞きなれない名前のサルシッチャのような風貌のひとかたまり。仔羊の内臓をきれいに掃除してサイコロ状に切り、網脂で包んで腸詰にしたものである。プーリアのフォルネッロ(肉屋併設の食堂)の名物料理であるらしく、内臓は肺、レバー、腎臓などが主体という。仔羊の小腸をぐるぐる巻きにしたシチリアのスティッギオレに近いが、他の内臓も使っているぶん味わいが複雑で食感も賑々しい。スティッギオレにはプラカップに注がれたややヒネた白ワインが合い、ニュンマレッディには赤ワインが欲しくなるところも違う。ただしどちらも、正肉は富裕層が、残った内臓は庶民が食べるものとして生まれた料理であることは共通である。ところで、ニュンマレッディにしても、アロストにしても、羊特有の匂いが全くしない。〇〇が苦手な人でも食べられる、という表現は好きではないのだが(苦手なら食べなければ良い)、これについて言えば、まさにそのフレーズがぴったりくる。ともかく、ほんの少し青い草のような香りがする繊細で柔らかな仔羊は、春そのもののような味わいであった。
締めくくりは「甘いドルチェはあまり好きでない」という高桑さん方式で、文旦にベルモット・ビアンコをふりかけたもの。日本の柑橘はもしかすると世界一かもしれないと思っている者にとっては願ったり叶ったりのデザートである。うっすらとエキゾチックな香りを放つ文旦に、いくつものハーブを使っているベルモットを合わせると、日本でもイタリアでもない景色が浮かんでくる。プーリア料理から出発したが、どんどん様相が変わる高桑料理の最後を飾るにふさわしい。セルヴァジーナというよりもセルヴァティカ、自然とともに生きる料理を堪能するひと時だった。
オステリア セルヴァジーナ
https://www.selvaggina.net
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