日本人がイタリア料理をすることの意味を問い続ける「ISSEI YUASA」
日本人にとってイタリア料理は、自分が慣れ親しんできた日本の食、味わいと親和性が高いと感じられる料理である。その理由は主に、食材が豊富であること、素材の持ち味を生かすこと、季節感を大切にするところ、などが考えられる。しかし、それだけだろうか?とふと思う。イタリア料理を作る人、という存在を忘れていないだろうか。料理は人が作るもの。どんな人が作るのかという点は意外と大きいのではないか。湯浅一生さんの料理を食べて、そんな思いを強くした。
湯浅さんは、調理師学校を卒業後、イタリア料理店での勤務を経て、2011年にイタリアに赴いた。大震災の1週間後というタイミングでの出発は、さまざまな思いを抱いての、ある意味、覚悟を必要とした出発だったろう。しかし、10年前のその時のことを語る湯浅さんの表情は明るい。何故ならば、たどり着いたイタリアでは、皆が「日本は大変だろう」とものすごく親身に心配してくれたというのだ。そのことが、その後の彼にとってのイタリアとの関わり方、そしてイタリア料理への想いに繋がっていったのである。

イタリア人はよくも悪くもとても人間的である。喜びも嬉しさも怒りも嫉妬も包み隠さない。そのストレートさが、イタリア料理のベースの一つとなっていると思う。そして、それを感じ取った人が、自分なりのイタリア料理を構築することができると考える。湯浅さんは2年ほどの時間でそれを掬いとり、帰国してからも大事に育ててきたのだろう。その集大成のステップ・ワンが、2020年11月にオープンした恵比寿の「湯浅一生研究所」であり、そして、本人が待ち望んでいた本当の形として今年4月22日に生まれた西麻布「ISSEI YUASA」である。
日本でイタリア料理をものする人にとって、日本の食材をいかに扱うかはとても重要な命題である。何しろ、イタリア料理は食材の持ち味をどれだけ引き出すかにかかっている。長時間煮込む伝統料理でも、食材がその負荷に耐えてなお力を発揮するからこそで、もし、耐えられないなら、長時間ではなく瞬間でいいじゃないかと考えるのがイタリア料理である。その考え方をもとにすれば、日本の食材もイタリア料理的な使い方は難しくない。そしてさらに、イタリア人が食べるならどうするだろうか、と考えることができれば、答えは見えてくるだろう。その答えは、作る人によって違ってくる。正解はひとつではないということも、イタリア料理の本質の一つだ。
「ISSEI YUASA」で味わえるのは、日本の食材を湯浅さんというフィルターを通してイタリア料理に昇華させた湯浅料理である。トスカーナのグレーヴェ・イン・キャンティ「mangiando mangiando」、エミリア・ロマーニャのサン・ピエトロ・イン・バーニョ「Locanda al Gambero Rosso」など主に中部イタリアで過ごした感覚が生きている。どちらもいわゆるトラットリア料理であり、伝統と作り手の感覚がうまい具合に溶け合った店だ。そこで磨いた現地の味の感覚、味の記憶が湯浅料理に表出している。さらに重ねて、イタリア人から受けたさまざまな感情の記憶が通奏低音となって全体を支えている。

最初に供された「平貝とペスト・モデネーゼのピアディーナ」はエミリア・ロマーニャ地方へのオマージュ。ピアディーナは本来、小腹満たしのものだから厚みがあり、農家ではラードを使って腹持ちもよくするのが伝統である。実は、本当はティジェッラにしたかったというが、ティジェッラはピアディーナよりもさらに小麦の生地の存在感が強い。だからピアディーナをごく薄く儚く仕立て、通常はモルタデッラやサラミなど肉系を挟むこところを、平貝にした。甘み、軽やかなミネラルは良いとしても、これだけでは繊細すぎるので、コロンナータのラルドを忍ばせて旨味をサポートし、さらに、青唐辛子のアリッサで香りと刺激をプラス。軽くて、しかも、鮮やかな印象を残す一皿目である。

次は「インサラータ・ディ・トリッパ」、フィレンツェのモツ料理専門店「Il Magazzino」を彷彿させる庶民の味である。イタリアで食べるそれは、厚みのあるハチノスやセンマイの独特の風味に、たっぷり加えたイタリアンパセリ、レモンの皮、香味野菜の味と香りが拮抗する。湯浅さんが使うのは国産和牛のトリッパで、厚みはそれほどなく、サクサクとした心地よい歯ざわり、そこに淡路産の赤玉ねぎが甘味と香りを添え、ビネガーの爽やかさが全体を包み込む。調和というひと言に尽きる繊細な味わいだ。

最初はピリッとした辛み、次に優しい酸味で食欲を刺激した後に登場した3皿目は「リヴォルノ風カッチュッコ」、魚介の旨味攻撃である。カッチュッコは言わずと知れたトスカーナ・リヴォルノ名物のズッパ・ディ・ペッシェだが、現地で食べるそれは、かなりどろっとした濃度の、色もイカのスミなどで暗褐色に染まった、言葉は悪いが野暮な風情のごった煮である。それでも旨味たっぷりで唐辛子の辛みのおかげもあり、相当満足度の高い料理ではある。その満足度を維持したまま、湯浅さんはもっとエレガントな、余韻の美しいカッチュッコを目指した。その時手に入る旬の素材を使うと言い、今回は下田の金目鯛、九十九里の蛤を主役に、北海道広尾町のジャコエビと西伊豆の本枯れ節から引いた出汁で奥行きを与えた。結果は、濃厚なのにキレのある味わい。かつおだしの酸味が陰で支えているからだろう。旨味疲れのまったくない、上等としか表現のしようのないカッチュッコである。
続いてはプリモである。今回は6皿+デザートの特別なショートコースなのだが、6皿の後半はパスタが二つとセコンドの構成だ。エミリア・ロマーニャでの経験を持つ湯浅さんは、パスタはどうしても2種類は味わってもらいたいと言う。それも手打ちのロングパスタである。ショートパスタ、そして乾燥パスタは、コースの中で意味づけとして必要となる場合以外は使わない。もちろんお客様の意向であれば乾燥パスタも使います、とのことだが、初めての訪店ならば、湯浅式に身を任せるのが最善だろう。

プリモその1は「タリアテッレ・ブーロ・エ・パルミジャーノ」、卵の生地のタリアテッレをバターとパルミジャーノだけで味わう、パスタ・ビアンカである。湯浅さんのタリアテッレはやや厚みがあり、幅は標準とされる8mmから10mmほどだが、やや不揃い。現地ではパスタを打つ専門の人がナイフを使って手で切るのを見て、パスタマシーンでカットするのとは食感が違うことを実感したと言う。不揃いなのは、手切りゆえなのだ。そして卵にもまた、このタイプのパスタには重要な役割が期待されている。言い換えれば、卵がもたらすコクとしなやかさがこのパスタの命。バターとパルミジャーノという強力な脇役を従えた、黄金色の主役を存分に味わう一皿である。

翻ってプリモその2「烏賊墨のビーゴリ 白魚とカラスミ」はパスタと白魚とカラスミの三位一体が味の要だ。イタリアから苦労して持ち帰ったと言うトルキオを使った押し出し式のパスタ、ビーゴリは表面の凹凸がその圧力を受けた証であり、味を纏う役割を担う。白魚の繊細な風味とごく微かな苦味が、烏賊墨とカラスミそれぞれの旨味を引き寄せてまとめる。ビーゴリはヴェネトのものだが、ミントとレモンゼストのおかげでどことなく南イタリアの海辺をも思わせる。タリアテッレの時に感じた堂々としたパワーに対して、このビーゴリはしみじみとした穏やかさに満ち、次のクライマックスを迎える準備を整えさせてくれるかのようだ。

果たして、セコンドは「近江牛のアロスト」である。日本が誇る食材の雄、和牛は今やWagyuとして世界各地で育てられているが、その品質、そしてそれを扱うことにかけてはまだまだ日本が優位であると思う。特に火入れにおいて、その肉の特質を熟知している必要があるということをあらためて思わせるのがこのアロストだ。湯浅さんは、脂肪のバランスを鑑みて近江牛の内腿のごく一部しか使わない。表面をガリっと焼き上げるタリアータではなく、外側から内側へとシームレスなグラデーションの焼きを入れていくのも、その肉質を最大限に生かすゆえである。2年熟成したじゃがいものローストと共に味わうと、ほのかな酸味と渋みを従えた肉の絶対的な甘みが際立つ。シンプルで必要十分であること、それに敵うものはないと思わせるフィニッシュだ。

しかしまだデザートが残っている。「ゴルゴンゾーラのジェラート」はピッカンテとドルチェ、2種類のゴルゴンゾーラを使ったジェラートにナッツのクランブルと蜂蜜の組み合わせ。濃厚すぎるのではと一瞬訝しんだが、いざ口にすると、軽めのショートコースの最後を“〆る”にはこれくらいがちょうどいいと納得。奇を衒わずに、イタリアの食材の力をストレートに伝えようという湯浅さんの気持ちが込められた、鮮やかな締めくくりであった。
パンデミック禍の最中とあって、ショートコースとなってしまったが、「ISSEI YUASA」の本領はより皿数の多いおまかせコース(19,800円)で発揮されるだろう。それに合わせて飲み物もグラスでのペアリング(フル19,800円、ハーフ13,200円)を選ぶことができる。今回はフランス、イタリア、オーストリア、ニュージーランドと多彩なワインのペアリングだったが、どれも自然の力が感じられる伸びやかなワインで、強すぎず弱すぎず、湯浅さんの料理世界にしっかりと寄り添っていた。イタリア料理にはイタリアワインという原則は、頑なに守らなければならないような厳格なものではないし、イタリア料理の懐の深さは例外を厭わない。そもそもルールに例外はつきものというのが、古代ローマ時代から脈々と受け継がれてきたイタリアの精神である。
そしてもう一つ、印象に残るのが器づかいである。全て日本の器で、骨董から現代作家のものまでさまざまを使いこなし、料理と器がそれぞれに主張と調和を繰り広げる様子もまた楽しい。深い知識を持たずとも、自然とその面白さ、妙味が伝わってくる。よく見れば、空間も日本の漆喰を使った温かな白い壁、夜空の星のような群青に細かな金がちりばめられた西陣織の天井と、ディテールにこだわりが込められている。しかし、それがことさらに主張をするのではなく、全ては美味しい料理を味わうために設えられた舞台装置なのである。この店は、ひと言で表現するなら、日本とイタリアの融合ということになるのだろうが、実際には質感や素材の異なるものが幾重にも層をなした、唯一無二の「ISSEI YUASA」固有の世界なのだ。
ISSEI YUASA
東京都港区西麻布1-4-22 アートスクエア西麻布
tel.03-6804-1191
18:00〜23:00(営業時間は変更の可能性あり)
日曜定休
カウンター6席、個室6席
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