イタリアの小麦粉を深く知る 〜イタリア小麦粉講習会〜 第8回世界イタリア料理週間イベント
イタリア料理は日本に広く定着している。イタリア料理店は街に幾多もあるし、パスタ、ピッツァを知らないという人は(おそらく)いない。しかし、だからといって“深く”理解されているとは限らない。そこで、イタリア大使館貿易促進部が、今年の世界イタリア料理週間に企画したのは「イタリア小麦粉講習会」、文字通り、イタリアの小麦粉についての知識を深めるセミナーだ。イタリア料理週間は、イタリアが国として行なっているイベントで、イタリア料理についての情報発信を通して、イタリアの食品の輸出促進、旅行者の呼び込みに繋げようという目的のもと、世界各地の大使館が主体となってイタリア料理・食文化にまつわるさまざまな企画を11月の第3週に繰り広げている。昨年同時期、イタリア大使館貿易促進部では、イタリア20州の郷土料理をテーマに、日本各地26のレストランが州ごとの伝統的な料理を提供した。今年は、イタリア小麦粉というよりポイントを絞った知識の深掘りへ誘うことで、日本におけるイタリア小麦粉を求める声を高めようというわけだ。ちなみに、今年の世界イタリア料理週間のテーマは、「イタリアの食卓。体に優しく美味しい料理」である。 講習会は二部構成で、第一部では作家で料理研究家である樋口直哉氏による日本の小麦粉とイタリアの小麦粉の違いについての講義、第二部は「オステリア・デッロ・スクード」の小池教之氏によるパスタ・フレスカとビスコッティのデモンストレーションが行われた。それに先立ち、イタリアの小麦粉の現状をイタリア大使館貿易促進部副部長のテレーザ・バルプ氏が解説。イタリアの小麦粉は、日本ではピッツェリアで使われる程度にとどまっているが、イタリア人にとっては、パン、パスタ、ピッツァ、お菓子など食生活の根幹をなす食材である。生産も旺盛で、EUにおける小麦粉生産量はドイツ、フランスに次いで3位。ただ、パスタの原料となる小麦の40%は輸入しているという現実も隠れてはいるが。 さておき、イタリアが小麦の国であることは生産、消費両方の観点から見て揺るぎない。製粉会社は290社、生産量は軟質小麦粉、硬質小麦粉それぞれ400万t超。軟質小麦粉の用途は6割近くがパン、2割がビスケット、次いで、ピッツァと続く。硬質小麦粉は9割以上がパスタに使われる。そしてどちらもほとんどが国内消費に向けられている。イタリアとしてはパスタやパンの材料としてイタリアの小麦粉輸出を増やしたいのは想像に難くない。 樋口氏の講義では、日本では馴染みのないイタリアの小麦粉を、日本で流通している“日本小麦粉”との違いを比較することで解説した。日本では昨今、国産小麦への関心が高まっているが、一般的に使われているのは輸入小麦を挽いた小麦粉である。国産小麦は、生産者が農協などを通じて製粉会社に売り、小麦粉として流通するが、輸入小麦は国が一括購入し、製粉会社に割り当てるという政府売渡制度が敷かれている。国内消費の小麦の9割を輸入に頼る日本では、輸入価格の変動の影響を国がコントロールすることで安定供給しているわけだ。 日本の小麦粉は一般的に国産小麦ではなく、輸入小麦を粉にしたもので、その分類は、イタリアの分類とは違う。ここがまず、いざ使おうというときに立ちはだかる壁である。イタリアの小麦粉は、主にパスタに使われる硬質小麦とパンなどに使われる軟質小麦に分けられ、さらにそれぞれ精製度(粒の細かさ)で分類される。軟質小麦粉ではタイプ00が一番細かく、0、1、2と粒が粗くなり、それより粗いと全粒粉となる。基本的にイタリア人はこのタイプ分類を元に使用目的に合わせて選んでおり、それ以外の要素(灰分、タンパク質含有量など)は包装にも記されていないことが多いためか気にしないようだ。しかし、プロとなると当然もっと細かい分類も参考にする。もっとも頻繁に検討するのがWと呼ばれる数値で、ざっくりと言えば粉の強さであり、数値が高いほど、膨張や発酵に強く膨らんでも破裂しない。イタリアの小麦粉の代わりに日本の小麦粉を使おうとすると、なんとなく、ビスコッティなどは薄力粉、パンやパネットーネは強力粉やマニトバを、という考え方になるが、日本の小麦粉はタンパク質含有量の多寡で分類されていてそもそものスタートが違うため、“代用”ではイタリアのものとは違うものになるのは必然である。さらに、水も日本の軟水とイタリアの硬水という違いも影響し、ますます、イタリアとは遠いものへとなっていく。 樋口氏はさらに、味わい、食感も違ってくると指摘。日本の小麦粉は色は白く、味わいは甘く、食感はふんわりもっちりに仕上がり、対してイタリアの小麦粉の色はくすみがあり、穀物らしい、青い草を思わせるようなグリーンの香りがし、噛むとボトムを感じさせるという。とどのつまりイタリアの味を追求するなら、イタリアの小麦粉を使うしかないと思うが、小麦の関税は未だ高く(漸次下げていくという話もあるが)、イタリアの小麦粉をもっと手軽な値段で入手できるようになって欲しいものである。食料自給率アップに躍起になっている日本政府が輸入小麦粉を優遇する可能性は低いかもしれないが。
チリオーレのアマトリチャーナ
第二部での小池シェフによるデモンストレーションでは、いつものモノローグ風小池節とともに手打ちパスタ2種類を紹介。1つは軟質小麦粉、もう1つは硬質小麦粉を使って、粉500gに対して水200g、塩5gと条件は全く同じにして、軟質小麦粉ではウンブリア州の手延べロングパスタ、チリオーレを、硬質小麦粉ではプーリア州など南イタリア伝統のオレッキエッテを作った。毎日作り続けてきた小池シェフにとって、パスタの生地作りはすでに体の一部となっているようで、いとも簡単そうに練っていくが、やってみるとそう簡単ではない。パスタは誰でも作れるというけれど、向き不向きはあって、今ひとつ美味しくできない人というのは一定数いる。さらにパスタのコンディメントとなると、これもまた微妙な加減を要する仕事で、それなりには誰でもできるけれど、この味はこの人にしか出せないということも現実にある。つまり、間口は広いけれど奥は深く、そしてその奥に辿り着こうとするのが面白いのである。険しい道ではあるけれど。
オレキエッテ カルドンチェッリとサルシッチャのルカーニア風
イタリアでは、練ったら寝かせて、そのあとはすぐに成形というのが一般的だが、小池シェフは練ったら寝かせる、を何度か繰り返すことで、適度なグルテン形成と求める食感が得られると解説。力の弱い人でもその方法を使えば、滑らかで成形のしやすい生地を得られる。力を使わず時間と小麦粉そのものの力を利用するいうわけだ。小池節をよどみなく続けながら、成形したチリオーレはアマトリチャーナで、オレッキエッテはカルドンチェッリとサルシッチャのルカーニア風で仕上げていく。素朴で滋味深い、イタリアの田舎でしか出逢えなさそうな味わいで、小池シェフがいつも言う“茶色の世界”が繰り広げられた。
クルミーリとレモン風味のビスコット
パスタのあとはビスコッティである。軟質小麦粉を使ったピエモンテのクルミーリ、硬質小麦粉を使ったレモン風味の丸いビスコッティを試食。クルミーリは表面はしっかりと締まっていて、噛めば解けながらもしっとりとしたテクスチャーが広がる。レモン風味のビスコッティは硬質小麦のガラス質を思わせるざっくりとした食感に爽やかなレモンゼストの香りが広がり、にぎやかだ。 パスタもビスコッティも素朴でいながら風味は複雑で余韻が長い。甘い、辛い、酸っぱい、苦い、旨い、という言葉では言い表せない“おいしさ”が押し寄せてくる。それがイタリア料理の放つ最大の魅力だということを再認識する講習会だった。      

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