パスタの歴史その4 パスタの道 中国、シチリア、ユダヤ(全9回)
中国の道
すでに冒頭で述べたように、マルコ・ポーロが中国から“麺”を持ち帰って広まったという説は否定されている。ただ、「東方見聞録」には、それらしきものについて語っている箇所がある。この作品は獄中で語った冒険譚がもととなって口述筆記で、写本につぐ写本の… 続きを読む
すでに冒頭で述べたように、マルコ・ポーロが中国から“麺”を持ち帰って広まったという説は否定されている。ただ、「東方見聞録」には、それらしきものについて語っている箇所がある。この作品は獄中で語った冒険譚がもととなって口述筆記で、写本につぐ写本の… 続きを読む
絹が伝わったシルクロードのように、パスタがたどったパスタロードがある、というのが最近のパスタの歴史論の中核だ。ただそれは、絹の交易といったような商業的なルートではなく、どのようにパスタというものが伝わり、発展していったかを推測し、物語る道だ。道は幾つ… 続きを読む
乾燥パスタの歴史の前に、原料となる硬質小麦がいったいどんなものなのかを知っておく必要がある。乾燥パスタとは、ただ乾燥させれば良いというものではない。それに適した素材、麦を使用しなければならない。それが硬質小麦(Triticum durum)である。おも… 続きを読む
マルコ・ポーロが中国からパスタを持ち帰ってイタリアに伝わったという通説が信じられていた時代があった。イタリアで漠然と流布していたこの説は、1929年に発行されたアメリカのパスタ業界誌「ザ・マカロニ・ジャーナル」に載って以来、“真実”として確立してしま… 続きを読む
英国の探検家ジェームズ・クックが、ヨーロッパ人として史上初めて未知なる島ニュージーランドに上陸したのは1769年10月のこと。北島と南島の間の海峡に自らの名を付け、エンデバー号とともにマールボロの海域に到達したクックは、そのとき洪水で濁った湾を見てこ… 続きを読む
サンフランシスコから車に乗って北上すること約1時間。温暖なカリフォルニアのベイエリアから小高い丘が連なる丘陵地帯へと風景が変わり、ぶどう畑やワイナリーの看板が見え始めたらナパ・ヴァレーは近い。南北50キロ、幅は最大で8キロと細長い帯状の谷ナパ・ヴァレ… 続きを読む
現代イタリア料理を知る重要なキーワードのひとつが「マルケジーニ」である。これは1985年秋にイタリア史上初めてミシュラン3つ星を獲得した「ヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナ」の創設者グアルティエロ・マルケージの弟子たちのことである。当時マルケージの元… 続きを読む
少し前の話になるが今年の4月26日、老舗グラッパ・メーカー「ナルディーニ」のオーナー、ジュゼッペ・ナルディーニが亡くなった。1927年生まれの享年90歳。戦後の苦しい時代にカ・フォスカリ大学経済学部を卒業、以来50年以上に渡り1779年創業のグラッパ… 続きを読む
「東方見聞録」を書いたマルコ・ポーロが、中国から麺を持ち帰ったことがイタリアにおけるパスタのはじまりだった。そんな間違った説が流布するようになったのは一体いつ頃のことか。一説によれば、それは1929年にアメリカの業界紙「マカロニ・ジャーナル」が掲載し… 続きを読む
2013年9月にオープンした話題の5つ星ホテル。ミラノ・ファッションの中心であるモンテナポレオーネ地区やブレラ地区からわずかな距離にありながらも閑静な住宅街に位置し、外観もホテルというよりは高級アパートメントといった趣。ツアー客は決して訪れないエクス… 続きを読む