ジェラート界の風雲児Simone Boniniの新刊「il gelato a modo mio」

世界的に知名度の高いイタリアの食といえば、パスタ、ピッツァの次に来るのがジェラート。気軽に、手頃な値段で楽しめるジェラートだが、本当に美味しいジェラートとはいったいどんなものなのか。それを知るにはジェラートがどのように作られ、どのように売られているかを知る必要がある。フィレンツェでジェラテリア「カラピーナ」を営むシモーネ・ボニーニは、先頃発売となった新刊「il gelato a modo mio」(自分流ジェラート)で、似非の「手作りジェラート」と本物のそれを見極めるノウハウを語る。

ジェラートの歴史は、その大元の元を辿れば古代ローマ時代の、貯蔵したアルプスの雪を使って凍らせたはちみつ入り果汁にまで遡るが、現在のようなジェラートが一般的に広く食べられるようになったのは、第二次世界大戦後の復興期に米軍が「アイスクリーム」を持ち込んで以来である。高度経済成長期に冷蔵庫やスーパーマーケットが普及してからは大量生産によるジェラートが一般家庭の食卓にも上るようになった。それと同時に、戦前から続くような家族経営のジェラテリアも、昔なじみのお客に支えられ、口コミが口コミを呼んで売上げを伸ばしていった。

ジェラートが浸透するに従ってジェラテリアの数も増加。今や全国に42,000軒を数えるといわれているが、実はその多くが、工場で製造された半完成品を利用している。しかも、gelato artigianale(手作りジェラート)の看板を掲げながら。シモーネ・ボニーニは、ジェラートについて品質の保護に努めたり、そのための基準や法律が作られていないため、市場はまさに“野放し”になっているという。シモーネ・ボニーニがジェラテリアを始めるにあたって通ったジェラート・スクールでは「ジェラテリアは3日もあれば開けることができる」と言われたといい、つまり、それだけおざなりなジェラート作りが横行しているのだ。

建設関連の機械を扱う会社を経営していたシモーネ・ボニーニは、仕事柄出張も多く、出かけた先で美味しいと評判のトラットリアや星付きの高級レストランを頻繁に訪れた。いわゆるグルメである。その彼がジェラタイオ(ジェラート職人)になったのは、とある有名な菓子店でなんともお粗末な容器に入ったジェラートを購入したのがきっかけだった。本当に美味しいジェラートは、こんな冷遇されるものじゃないだろうと思ったのである。

Per me il mondo del cibo è un universo dove tutto ruota, tutto si fonde e si unisce: non esiste la cucina dei ristoranti, delle trattorie, dei bar, delle pizzerie, delle gelaterie… esiste un unico mondo a cui attingere elementi con cui fare contaminationi. 

自分にとって、食というものは、すべてが回り、混ざりあい、一体となるひとつの世界だ。リストランテだのトラットリアだの、バールやピッツェリアやジェラテリアといった個々の場所の食べ物が個別に存在しているのではない。さまざまな要素が互いに絡み合って影響を及ぼしている、そんなひとつの大きな世界なのだ。

本書でそう語るシモーネ・ボニーニは、ジェラートの定義、美味しいジェラートの条件、正しい“手作り”ジェラートの見分け方などについて次々と持論を展開していく。たとえば美味しいジェラートは、「甘過ぎない。甘さは過ぎると味覚を麻痺させる。口に入れて2, 3秒後にジェラートそのものの味わいがじわりと感じられなければならない。もし、クリーム味のジェラートなら、まず卵の黄身、そして牛乳、生クリーム、バニラビーンズの風味が立ち現れるべきだ」という。さらに、個々の素材の特徴が正しく出現すれば、甘さ、テクスチャー、風味は如実に異なるはずで、もしテクスチャーがすべて同じだとすればそれは、半完成品を使ったインダストリアルなジェラートだと断言する。

また、「何十種類もジェラートが並んでいるのに、“手作り”を謳うのもおかしい。もし、質の良い素材を使って、何十種類ものジェラートを“新鮮な”状態に保つこと(鮮度の落ちたものは大量廃棄もやむなし)を実現したら、とうてい手頃な値段で提供することは不可能である。正しいジェラテリアは、種類を増やすのではなく、一つ一つのジェラートの質を上げることに努力すべきである」という。

本書では、このようなマニフェストを述べ、そして、個々の素材について詳細な説明を続け、最後に家庭で作るジェラートのベースとその応用についてレシピを公開している。本来、ジェラート職人は、ほかの職人と同様に一番大事な部分は人に教えない。ジェラートでは、ベースのレシピがそれだ。素材の配合によって味が異なるからこそ、「あそこのジェラートは美味しい」「ここのジェラートが好みだ」という“個性”が生まれる。シモーネ・ボニーニはあえてレシピを公開することで、手作りジェラートの真髄を知ってもらい、ジェラートについての食べ手のスキルを上げてほしいと願っているのである。

L’artigiano è la vera sentinella del prodotto autentico del proprio terriotorio, che conosce, tutela e diffonde l’uso tradizionale degli ingredienti locali. 

職人とは、その自身が暮らす土地伝来の産物について熟知し、それを守り、伝統に基づいた使い方を広く知らしめる番人である。

この一文は、ジェラートを超えて、イタリアにおける職人のあるべき姿を端的に語り、回り回ってジェラートを食べることはどういうことなのかを我々に教えている。