ティラミス発祥の地レ・ベッケリエの現在地点

1875年に創業したトレヴィーゾの老舗レストラン「レ・ベッケリエ」といえばティラミス発祥の地として今や世界中に広く知れ渡っている。2007年には「イタリアの老舗料理店」の取材でこの店を訪れ、当時の店主カルロ・カンペオールから直にティラミス誕生秘話を聞いたこともあった。それはカルロの祖母アントニエッタがよく作っていたドルチェであり、カルロ自身も幼い頃からよく口にしていた家庭の味。「わたしを引き上げて=元気付けて」という意味をこめ、ティラミスと命名したのもやはりアントニエッタだった。これはその当時書いた文章だ。

[su_quote]ここでドルチェを頼まないと画竜点睛を欠くというもの。アントニエッタ伝来の「ティラミス」はエスプレッソを効かせた甘さ控えめのほろ苦い大人の味。さらに自家製のトウモロコシのビスコッティはマスカルポーネと一緒に食べるのだが、これまた一口食べ始めるととまらなくなる後引く味である。カルロは一九七〇年代のヌーヴェルキュイジーヌ・ブームの頃、伝統料理の大切を再認識したという。その激しい嵐のようなムーブメントはトレヴィーゾにも訪れ、伝統料理ばかりいつまでもやっているカルロに友人が「ヌーヴェルキュイジーヌをやれと助言したというがカルロは頑に首を降り続けた結果。やがてヌーヴェルキュイジーヌの波はあっという間に去り、気がつくと残っていたのは「ベッケリーエ」だけだったそう。

「それは私たち家族に代々伝わるDNAのようなものだから、そう簡単に変えるわけにはいかない」とカルロはいう。

—「イタリアの老舗料理店」(2007年)[/su_quote]

しかし「レ・ベッケリエ」にも時代の波が訪れ、カルロはもう店の経営には携わっていない。トレヴィーゾ市内で「プロセッケリア Proseccheria」「アクアサルサ Acuqasalsa」などを経営する敏腕経営者にその経営を譲り、店の内装も大きく様変わりした。プロセッコDOC協会から歩いてわずかな距離にあることもあり、この夜は同協会のタニア嬢とともに新生「レ・ベッケリエ」に向かった。この夜の料理は以下の通りだ。

Amuse, cips di mais, salsa pomodoro, mousse di ricotta
アミューズ、リコッタとトマトソース、トウモロコシのチップス

ひとくちサイズのアミューズはメニュー・デグスタツィオーネの前奏曲。これから始まるコースの流れを予感させるものであり、現代的思考のプレゼンテーションからは、昔の「レ・ベッケリエ」の料理とは異なっていることがよくわかった。

Baccalà mantecato バッカラ・マンテカート

ヴェネト地方でよく食べられる郷土料理のひとつバッカラ・マンテカート。立ち飲み居酒屋「バーカロ」でのつまみの定番でもあるがこれは非常に滑らかかつクリミーに仕上げたものでバッカラの皮のチップス、さやいんげんとあわせた軽い前菜。アチェートの酸味が料理全体を引き締める。

Porcini Cotti e Crudi ポルチーニ・コッティ・エ・クルーディ

秋の代表的味覚、ポルチーニを生とソテー両方で味あわせてくれる料理。プレゼンテーションも美しく、なによりポルチーニの鮮度がいい。薫香をつけたナスのクリームも香ばしくてポルチーニのソテーによくあう。パルミジャーノ・チップスも添えられており、一皿の中に異なる食感の料理を組み合わせている。

Anguilla ウナギ

ポー川流域でよく食べられているウナギだが、ここでは柔らかく低温調理で火を入れ、甘くて香ばしいソースとの相性がいい。アクセントを加えるのはカリフラワーのソースと生のカリフワラー。

Spaghetti al pomodorini gialli  黄色ミニトマトのスパゲッティ

メニューを見るとごくごくシンプルだが、これは3種類の黄色いポモドリーニを使ったパスタ。スパゲッティは全粒粉を使ってあり、ヴェネト地方の伝統パスタ「ビーゴリ」に近い食感。爽やかな酸味が心地よいトマトソースにトッピングは鱒の卵。

Filetto do manzo al sale 牛フィレの塩釜焼き

塩釜焼きした豪快な料理はカメリエーラが一人ずつ切り分けてくれた。火入れは申し分なく、味付けは塩のみ。熟成香もちょうどよい。

Tiramisù ティラミス

新生「レ・ベッケリエ」では料理の構成は変わってもティラミスのレシピは変わらない。サヴォイアルディをエスプレッスに浸し、卵黄、砂糖、マスカルポーネのクリームを層にして重ね最後にカカオパウダーをトッピング。しっとりとした食感もちょうどよく、誰もが知るあのクラシックなティラミスの味。かつてアントニエッタが毎日この店の厨房で作っていたであろうティラミスを、いまこうして口にできるのは感無量である。ちなみに新生「レ・ベッケリエ」としての裏ティラミスとして「ティラミス・ズバリアータ=間違ったティラミス」がある。これはマスカルポーネを軽くスプーマにし、液体窒素で凍らせたコーヒーシャーベットを底に忍ばせたもの。100年前には無かったテクニックを駆使した現代的解釈のティラミスだが、これも実に素晴らしかったことは特記しておきたい。

Le Beccherie レ・ベッケリエ
www.lebeccherie.it
Piazza Ancilotto,9 Treviso
Tel:0422-540871